カテリーナ・チェチェル
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続いており、現地の企業はかつてないほどの苦境に立たされている。残念ながら、こうした状況の特効薬は存在しない。今まさにこの窮地にあるのが、ウクライナの農企業最大手IMCのアレックス・リシタCEOだ。2020年3月初め、IMCが所有する10万ヘクタールの農地とサイロ6基のうち5基がロシアの手に落ちた。これはまさに悪夢だったが、IMCは事業を継続している―少なくとも現時点においては。
リシタCEOは「資金調達と輸出に際して外部支援がなければ、事業を継続していけるか不安だ」と語る。ウクライナでは、企業の事業継続が極めて困難だ。国土全体でインフラへの深刻な被害が懸念されており、こうした資産への直接的な投資は容易ではない。最大の問題は流動性だが、この他にも物流へのアクセスが限られており、コスト上昇を引き起こしていることも大きな障害となっている。
早急に支援が求められる中で、穀物や農業機械の燃料といった必要不可欠な商品の輸出入の継続を支える緊急時の選択肢の一つが貿易金融だ。
専門家によると、貿易金融の起源は古く、古代エジプトまで遡る。現存する粘土に書かれた最古の信用状である覚書には、借入金は小麦の受渡しとともに回収するとし、支払いが行われなかった場合の強制執行権は信用状の所有者に付すことが明記されている。
以降、現代に至るまで、貿易金融の存在は欠かせないものとなっている。農繁期が近づくウクライナでは、貿易金融は正常な生産活動を支え、経済活動でも重要な役割を担うことができる。ウクライナの農業政策食料省によると、肥料不足や農機の燃料不足、港湾の閉鎖、軍事行動などにより、農産物の作付けと輸出に深刻な被害がもたらされているという。
リシタ氏は「『世界の食糧庫』であるウクライナは、小麦などの作物の種まき、収穫、そして輸出でかつてない試練に直面している」と指摘する。
ロシアによる軍事侵攻以前は、ウクライナの農業セクターは繁栄していた。世界最大の農業国の一つで、油糧種子と穀物の世界的な主要供給国だったウクライナの2021年の農産物輸出額は合計278億ドルと、同国の輸出の合計の41%を占めていた。しかし、同セクターの損失規模は2023年3月時点で最大87億ドル相当に達するなど、農業を生活の基盤とする何百万人ものウクライナ人に深刻な影響を及ぼしている。さらに、これが世界的な食料危機を引き起こし、特に中東や北アフリカの純輸入国が打撃を受けている。
2022年8月以降は、国連が仲介した穀物に関する協定により、2,800万トン以上の農産物が黒海をわたり45カ国に輸出されているが、それ以前の1カ月あたり平均輸出規模(2021年)である400万トンには遠く及ばない。
長期化する危機を受けIFCは、ウクライナの民間セクターを支援する最大20億ドル規模の支援パッケージを発表し、この取組みの一環で、グローバル貿易金融プログラム(GTFP)を通じ、ウクライナの銀行に対し貿易金融保証を提供した。これにより、現地の輸出入業者がグローバルな貿易金融を利用できるようになるなど、ウクライナ経済にとり極めて重要な役割を果たしている。
2022年2月以降、このプログラムを通してウクライナの銀行に提供した、7,700万ドルを超える貿易金融保証が必需品の輸入を支えている。この中には、国内の食糧安全保障を維持し輸出を継続するうえで不可欠な、農繁期に土地を耕すためのトラクターやコンバイン収穫機の燃料となるディーゼル燃料や天然ガスも含まれている。さらに、連携する現地の銀行を介し、ウクライナ産の穀物やとうもろこし、ひまわりの種、石油といった商品の輸出も支援した。
IFCのウクライナ担当地域マネージャーであるリサ・ケストナーは「今日、貿易金融を活用することで国際貿易を支援することができる」と説明する。「このプログラムによりIFCは、融資へのアクセスが限られた国際貿易に関わる起業家に支援を届け、安定した税収と雇用の維持に欠かせないウクライナの基幹産業を守ることができる。」
GTFPは個人レベルでの融資へのアクセスも促す。昨年の2月と3月だけで、約800万人のウクライナ人が家を追われ、近隣諸国のシェルターに避難した。
この人道危機の渦中において、ウクライナ国立銀行(NBU)は国民に対し、資産を現金で持つのではなく、国内の銀行に預金するよう呼びかけた。この背後には2つの要因があった。第一に、NBUは、海外での避難生活でウクライナの通貨の適正なレートでの交換は難しいと予測した。そして第二に、同国の銀行システムへの信認を確保し、銀行システムの機能を維持することで、通貨の弱体化や資本の流出を未然に防ぐという規制当局の意図があった。
このNBUの先見性が功を奏し、ウクライナの銀行に口座を所有する同国の難民は、カードを使って商品やサービスを購入したり、外貨で資金を引き出すことができる。
当時を振り返り、アナスターシャ・チチーナは、国外脱出の前にNBUの助言を聞いていたことは本当に幸運だったと思っている。アナスターシャは、フィンランド到着後に出会ったカップルの家に身を寄せることができた。カップルはアナスターシャを快く受け入れたが、アナスターシャは、気後れするとともに恩義を感じていた。
「国を離れる時に恐怖を感じた。パスポートと銀行の取引記録だけを持ち、3週間で戻って来ると自分に言い聞かせた。しかし一旦安全な所に身を寄せ、ある程度落ち着くと、今度は日常生活という現実が待っていた。コンタクトレンズの消毒液やアレルギーの薬が必要だったし、そして何よりも、生活の場を与えてくれたカップルにお礼をしたかった。」そう語るアナスターシャは、ウクライナのクレジットカードを使い、両替所で彼らの手を煩わせることなく外貨を手にすることができ、安堵するとともに対面も保つことができた。
アナスターシャが問題なくカードを使うことができたのは、グローバルな決済システムに引き続きウクライナで発行されたクレジットカードが受け入れられているからだ。これは、同国のパートナー銀行に対するGTFPの支援もあって実現した。今回のケースでは、GTFPが提供した保証により、VISAやマスターカードといった世界的な決済システムを提供するカード会社に対し金融保険が提供され、ヨーロッパの銀行は、ウクライナの銀行が発行したカードの利用者に効率的にサービスを提供することができたのだ。
アナスターシャは、必要な資金を自分で管理できることに感謝している。「たとえ全てが崩れ落ちてしまったとしても、私はどこにいても自分らしく生きて行きたい。」
IFCはウクライナでの活動を強化しており、ウクライナの銀行によるグローバルな貿易金融制度の利用が限定される中で、同国の銀行の貿易金融業務を支援している。現在までにGTFPが提供した貿易金融保証は700億ドルを超えるが、困難な環境にある脆弱国や紛争影響国に対する支援は2022年7月1日以降60億ドル以上に達している。